ホンダ撤退の件
ホンダ、F1からの撤退発表 技術者を次世代環境車に投入
ホンダは5日、2008年シーズンを最後に自動車レースのフォーミュラ・ワン(F1)から撤退すると発表した。同日会見した福井威夫社長はF1の技術・開発者約400人を「次世代環境車やエンジン開発に投入する」と表明。自動車の販売不振が深刻化するなか、本業に経営資源を集中するというホンダの決断は、F1に参戦する欧州の自動車メーカーの戦略にも影響を及ぼす可能性がある。
F1で培った車体設計や駆動制御などの技術を中・大型クラスのハイブリッド車や1000ccクラスの小型ガソリン車、小型ディーゼルエンジンなどの開発に生かす。09年を含め鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)でのF1レース開催は継続する。
ホンダは創業者の本田宗一郎氏の決断で1964年からF1に参戦。優勝も経験したが、68年に一度撤退。83年にエンジン供給で復帰し、一時は連戦連勝だった。 (05日 23:45)
(NIKKEI NETより)
【ホンダF1撤退】「もう一度復活を」 惜しむ三重・鈴鹿
「もう一度復活を」−。ホンダ系の鈴鹿サーキットを抱える三重県鈴鹿市の市民らは5日、ホンダのF1撤退表明をさまざまな思いで受け止めた。
鈴鹿市の川岸光男市長は記者会見で「ホンダは日本のF1ブームの先駆者だけに、驚きと残念な気持ちでいっぱい」と落胆の表情。来年10月、3年ぶりの鈴鹿開催となるF1日本グランプリについては「成功に向け盛り上げていきたい」と支援継続を強調した。
サーキット近くのホンダ販売店の店員(27)は「(撤退は)何とかならなかったのか。ホンダのドライバーが表彰台に上がるのは誇らしかった。ホンダ車の作り手、売り手にとってF1は一つの夢。一時の不況に負けず復活してほしい」と悔しがった。(iZanニュースより)
とても残念でホンダには失望した。
しかし、「次世代」を行くホンダである。四度目の参戦があることを期待する。
ホンダは最も車メーカーで私の好きな部類に入る。
それホンダの創始者、時代の先駆者であった本田宗一郎氏の影響が大きい。
私は、小さい頃から父の影響もありホンダが好きであった。家の車がホンダ車であったし、わたしは夫婦で鈴鹿にレースを見に行くようなところの息子であったので、私も例外なく好きであった。
米国のマスキー法という環境規制法に初めて環境基準をクリアーしたメーカーであったり、ロボット「アシモ」であったり、果てには「ホンダジェット」を製作しているとても先進的な企業である。
この不敬のご時世、ビッグレースに参加して、従業員の士気高揚を図ることで経営を立て直すべきなのかもしれない。
先代はマン島TTレース(二輪)やフォーミュラ1(四輪)に参加した。「苦しいときのレース頼み」とも言われるらしいが。
ホンダには期待しているのだが、今回のは先代の事と重ね合わせると少しずれを感じる。
経営が苦しいからこそ、昔はレース任せにしていたのだが、今はそのレースの費用すら惜しくなっているほど需要が落ち込んでいるのだろうか……残念でたまらない。
今年まで、F1に日本チーム(日本企業)は三チームあった。
ウイリアス・トヨタ、ホンダ・パラソニック、そしてアグリ・ホンダ。
それが来年からトヨタ一社になる。たった一社になる。
アジアでの「F1」初開催国日本。来年は「ホンダ」にとって重要な「鈴鹿」でのレースがある年であったのに。(トヨタ資本の「富士スピードウェイ」とホンダ資本の「鈴鹿サーキット」の日本GPは一年交代)
とても残念でたまらない。勉強する事すら放棄したくなるほどの絶望だ。
私の青春の中の一ページ以上、ホンダが刻まれているのは違いないがそこにどす黒い墨を塗られた気分だ。
まだ私はマシな方だ。父など「次(車を)買うときは他社にする」と言っている。ずっと20年近くホンダを乗っているユーザーがこれだ。父はもっと失望しているのだろう。
ホンダはF1を切り捨てた。それほどの経営的危機なら私は仕方がないとは思う。
しかし、切り捨てたなら、その分だけしっかりと立て直して欲しい。そしてまた再びF1に参戦していただきたいと思う。創業者本田氏はこの現状をどう思われているのだろうか。そしてどんな「英断」をしてくださったのだろうか。
ホンダは5日、2008年シーズンを最後に自動車レースのフォーミュラ・ワン(F1)から撤退すると発表した。同日会見した福井威夫社長はF1の技術・開発者約400人を「次世代環境車やエンジン開発に投入する」と表明。自動車の販売不振が深刻化するなか、本業に経営資源を集中するというホンダの決断は、F1に参戦する欧州の自動車メーカーの戦略にも影響を及ぼす可能性がある。
F1で培った車体設計や駆動制御などの技術を中・大型クラスのハイブリッド車や1000ccクラスの小型ガソリン車、小型ディーゼルエンジンなどの開発に生かす。09年を含め鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)でのF1レース開催は継続する。
ホンダは創業者の本田宗一郎氏の決断で1964年からF1に参戦。優勝も経験したが、68年に一度撤退。83年にエンジン供給で復帰し、一時は連戦連勝だった。 (05日 23:45)
(NIKKEI NETより)
【ホンダF1撤退】「もう一度復活を」 惜しむ三重・鈴鹿
「もう一度復活を」−。ホンダ系の鈴鹿サーキットを抱える三重県鈴鹿市の市民らは5日、ホンダのF1撤退表明をさまざまな思いで受け止めた。
鈴鹿市の川岸光男市長は記者会見で「ホンダは日本のF1ブームの先駆者だけに、驚きと残念な気持ちでいっぱい」と落胆の表情。来年10月、3年ぶりの鈴鹿開催となるF1日本グランプリについては「成功に向け盛り上げていきたい」と支援継続を強調した。
サーキット近くのホンダ販売店の店員(27)は「(撤退は)何とかならなかったのか。ホンダのドライバーが表彰台に上がるのは誇らしかった。ホンダ車の作り手、売り手にとってF1は一つの夢。一時の不況に負けず復活してほしい」と悔しがった。(iZanニュースより)
とても残念でホンダには失望した。
しかし、「次世代」を行くホンダである。四度目の参戦があることを期待する。
ホンダは最も車メーカーで私の好きな部類に入る。
それホンダの創始者、時代の先駆者であった本田宗一郎氏の影響が大きい。
私は、小さい頃から父の影響もありホンダが好きであった。家の車がホンダ車であったし、わたしは夫婦で鈴鹿にレースを見に行くようなところの息子であったので、私も例外なく好きであった。
米国のマスキー法という環境規制法に初めて環境基準をクリアーしたメーカーであったり、ロボット「アシモ」であったり、果てには「ホンダジェット」を製作しているとても先進的な企業である。
この不敬のご時世、ビッグレースに参加して、従業員の士気高揚を図ることで経営を立て直すべきなのかもしれない。
先代はマン島TTレース(二輪)やフォーミュラ1(四輪)に参加した。「苦しいときのレース頼み」とも言われるらしいが。
ホンダには期待しているのだが、今回のは先代の事と重ね合わせると少しずれを感じる。
経営が苦しいからこそ、昔はレース任せにしていたのだが、今はそのレースの費用すら惜しくなっているほど需要が落ち込んでいるのだろうか……残念でたまらない。
今年まで、F1に日本チーム(日本企業)は三チームあった。
ウイリアス・トヨタ、ホンダ・パラソニック、そしてアグリ・ホンダ。
それが来年からトヨタ一社になる。たった一社になる。
アジアでの「F1」初開催国日本。来年は「ホンダ」にとって重要な「鈴鹿」でのレースがある年であったのに。(トヨタ資本の「富士スピードウェイ」とホンダ資本の「鈴鹿サーキット」の日本GPは一年交代)
とても残念でたまらない。勉強する事すら放棄したくなるほどの絶望だ。
私の青春の中の一ページ以上、ホンダが刻まれているのは違いないがそこにどす黒い墨を塗られた気分だ。
まだ私はマシな方だ。父など「次(車を)買うときは他社にする」と言っている。ずっと20年近くホンダを乗っているユーザーがこれだ。父はもっと失望しているのだろう。
ホンダはF1を切り捨てた。それほどの経営的危機なら私は仕方がないとは思う。
しかし、切り捨てたなら、その分だけしっかりと立て直して欲しい。そしてまた再びF1に参戦していただきたいと思う。創業者本田氏はこの現状をどう思われているのだろうか。そしてどんな「英断」をしてくださったのだろうか。
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